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    <title>みなかみ観光・タウン情報</title>
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    <description>群馬県みなかみ町の観光・タウン情報総合案内ポータルサイト</description>
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      <title>みなかみ観光・タウン情報</title>
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      <title>肩の小屋の「谷川の鐘」</title>
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      <pubDate>Fri, 13 Oct 2006 21:00:00 +0900</pubDate>
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      <title>坤六峠</title>
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      <pubDate>Thu, 12 Oct 2006 20:50:00 +0900</pubDate>
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      <title>謙信街道</title>
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      <description>昔から自然に囲まれた山奥の村落なのに水上町は不思議にあちこちとの交流が盛んでした、そんな古い文献がたくさんあります。深い森の中の道を使ってあちこちと往来していたようです。そんな森の中の道の話を取り上げて見ました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;第一話　謙信街道&lt;br /&gt;　国道２９１は現在湯桧曽から土合・一の倉まで舗装され芝倉沢あたりまで地図に載っているのは周知の通りですが、古くは谷川岳に向かって湯桧曽川の左岸が江戸から明治時代まで、上州と越後を結ぶ清水越え往還として利用され、それが国道２９１となった様です。その痕跡が今でも道の山側に苔むした石垣として残っています。この往還がいつの頃から利用されていたか詳しい資料はありませんが戦国時代には上・越間の最短コースとして戦略的に大いに活用されて居たのは事実のようです。　さてこの道の水上町との関わり合いを説明するには戦国時代の上杉謙信の話をしなければなりません。歴史が苦手だという人もちょっと耳を傾けて聞いてくだされば幸いです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　時は、今より４５０年前の戦国時代、越後の国で、のちに川中島の合戦で歴史に名を残す上杉謙信が誕生しました。　好敵手武田信玄（信玄にとっては、迷惑この上なし）との戦いはとても有名で知らぬ者なしですが、その詳細はほかに譲るとして、上野の国（こうずけのくに）今の群馬県と謙信との関わり合いをちょっと述べたいと思います。　謙信は亨禄３年（１５３０）越後守護代長尾為景の４男として誕生しました、幼名虎千代７歳の時父の本城春日山城下の菩提寺・林泉寺に預けられますが、２男・３男が謀反によって殺されたので長兄の春景は心細くなったのか寺に預けた末弟を呼び戻します。天文１２年（１５４３）虎千代は元服して景虎となり三条城の城主となります、若干１４歳。　１５歳のとき謀反人の黒田秀忠を初陣で破ります、まさに戦いの天才だったようです。黒田の「出家してお詫び」との約束でこれを許しますが翌年また背いたためこんどは容赦なく攻撃、黒田一門は自害し滅亡してしまいます、　これで１７歳の景虎の名は広く知れ渡りました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　武将としての知名があがるに連れ守護代にと言う声が次第に高まります、景虎を守護代にと言うことは「兄春景を更迭する」と言うことです。そのため越後は兄弟争いで真っ二つに割れます、血で血を洗う戦いが激化しそうになりますが、ときの守護代・上杉定実が春景を説き伏せて景虎を養子に迎えさせ、円満に家督を譲らせたということです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　天文２１年（1552）北条氏康に敗れた関東管領の上杉憲政の要請を受け、主筋である「関東管領上杉憲政」の関東帰城のお供と言う大義名分で謙信が関東侵攻に及んだのは永禄３年８月２５日のことでした。それから謙信４９年の生涯のうち１４回も上州と越後を往復する事になります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　東国一の武将、武田信玄とメインイベントの戦いを繰り返しながらですからタフなのか、戦争オタクなのか凄いの一言です。　　上野の国に侵攻した謙信は瞬く間に沼田城や岩下城を平定し厩橋城（前橋）を上杉軍の本陣とし、永禄４年には憲政のたっての頼みで関東管領職に就任します、謙信が群馬県知事に成ったようなものです、初回の出陣にはメイン道路（国道１７）の三国峠越えを使った様ですが、水上町の古文書には清水峠越えの道を使ったと言う記述もあるようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　生涯独身を通した謙信没後、当然のように起こった家督相続争いでも謙信の養子景虎が甲斐の武田勝頼の援軍を仰ぎ清水峠越えの道を使って相手の景勝に勝利しています、その記録によればこの時代清水峠を越える道を「直越え（すぐごえ）」と呼んでいたそうです。&lt;br /&gt;とにかく、国道２９１は森林の中の道とは言え謙信によって開かれ、一部の口伝では謙信道路と呼ばれています。　三国峠越えに引けを取らず使われた証拠に、この水上町には謙信縁りの建明寺や旧跡があちこちに点在するからです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　徳川の天下になり江戸時代になると、「入り鉄砲に出女」を阻止するため厳しい交通規制がおこなわれます。南側の上州湯桧曽村と北側の越後清水村に口止番所と言う関所が置かれ、上州・越後間の旅人の通行や商用荷物の運搬が三國街道だけとなり、清水峠越えの街道は閉鎖されてしまいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　時を経て明治になり新政府のもと関所制度は撤廃され、往来が自由になるとプリミティブな森林の急峻な道ではあるが上州越後の最短距離のこの街道は大いに旅人に利用されるようになります。言い伝えによると清水村に旅籠が７〜８軒あり湯桧曽側にも一の倉沢近辺に宿場らしきものが存在したそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　だんだん越後からの出稼ぎや行商人などが増えると箱根の山と同様清水峠あたりに山賊も横行します。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　やがて明治１８年９月、北白川宮能久親王および山県有朋等を迎え清水峠付近で盛大な清水越開道式がおこなわれます。当時は上越新幹線開通と同じぐらいの喜びだったのではないでしょうか。しかし豪雪地帯の常として雪崩による崖崩れや倒木で至るところ道路が寸断され春先には絶えず懸命な道路の修復が必要だった様です、そんなこんなの苦労のうちに明治２５年１２月横川〜軽井沢間の碓井峠トンネルが開通するや上州越後間の通行者はみんな信越線を利用するようになり清水街道は急速に廃れてしまった、とさ。　　目出度くない目出度くない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この街道が歴史街道として見直されようとしています。トレッキングやネイチャリングの森の中の道として木漏れ日のなかで戦国ロマンに思いを馳せてはいかがでしょうか？&lt;br /&gt;　　　　　　　（by荒牧節雄：土合ハウス）</description>
      <pubDate>Thu, 28 Sep 2006 14:50:00 +0900</pubDate>
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